【映画とカルチャー・お酒】『トランス・ワールド』は良作SFスリラー

『トランス・ワールド』とは、エリアループに巻き込まれた3人の男女による脱出劇を描いた映画。監督はジャック・ヘラー、主演はスコット・イーストウッド、サラ・パクストン、キャサリン・ウォーターストン。スコットは名優のクリント・イーストウッドの息子で、この作品が初主演だった。

【こんな人におすすめ】『トランス・ワールド』の魅力とは

『トランス・ワールド』は2011年に公開されたSFスリラー映画。劇中ではタイムループならぬエリアループを一つの仕掛けとしながら、SF・スリラー・ミステリーの要素を上手く混ぜ合わせている。

舞台はほぼ山林だけのワンシチュエーション、スター俳優不在どころかメインが4人のみ、時代にそぐわぬちゃちなCG演出など・・・ハッキリ言って低予算感バリバリのB級映画だが、巧みで飽きさせないストーリー展開によって観客を惹きこむ。SFがメインだが考えさせすぎない設定と構成のため、たまにいる「難しい映画嫌い!」なんて層でも楽しめるだろう。

ただハリウッド的なキャッチーな魅力はないため、そういった映画が好きな方にはあまりおすすめしない。

映画『トランス・ワールド』のあらすじ

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ストーリーの軸はとある小屋で過ごす数名による、SF謎解き・人間ドラマだ。あらすじを紹介する前に、主要人物を整理しておく。主要人物は3人(+1人)なのでかなりシンプル。

トム:エリアループに巻き込まれた青年。爽やかで理性的な人物で、問題を解決しようと積極的に行動していく。メイン3人の中では最初にループに巻き込まれている。

サマンサ:エリアループに巻き込まれた女性。落ち着いた淑女で、夫との間の子供を身籠っている。トムに続いてループに巻き込まれ、当初はただ怯えていたがトム・ジョディと協力して打開策を探っていく。

ジョディ:エリアループに巻き込まれた女性。強盗するほどやさぐれており、言動も粗暴でわがまま。巻き込まれ歴は一番浅く、トム・サマンサと対立しながらも徐々に状況を受け入れていく。

ハンス:謎のドイツ人兵士。3人のエリアループを解決するヒントを持っている・・・?

戸惑い・焦り・怒りに襲われる3人と「場所」の違和感

とあるコンビニへ彼氏とともに強盗に入るジョディは、店員に金庫を開けろと脅すが「きみが中身を気に入るとは思えない」と告げられる。キレるジョディは銃の引き金を引くと・・・?

場所は変わり森林をあてもなく歩くサマンサが映る。サマンサは古びた小屋に行きつく。小屋や周囲の森林エリアでは通信手段がなく、薄暗い。侘しい小屋で怯えるサマンサは、数日前から小屋で過ごしていたというトムと出会いお互いの素性を明かす。その後、ジョディも小屋で合流し、見ず知らずの3人は互いに対立しながらもどうしていくか探っていく。

互いの簡単な身の上を明かした3人は、その中でループに巻き込まれた直前のロケーションが異なっていることに気づく。「ここはどこなの・・・?」と3人は思いつつ、今度は揃って山林を脱出すために探索へ出かける。途中に地下壕のような場所を新たに発見するという成果はあったものの、歩いていくと小屋に突き当たる。まるで「パックマン」のように抜け出せない・・・。

ちょっぴり感想!

さて、3人は互いの自己紹介を緩くしていくのだが、この序盤では作品の根幹に当たる「場所」「時代」の問題、そして後に明らかになる1つの共通点についてはあまり触れないようになっている。あまり深く考えずに観ていれば、少し遠回りなやり取りも違和感なく楽しめるだろう。

また、たまに差し込まれるフラッシュバック演出は、いかにもB級っぽくて良い(笑)

4人目の男と「時代」の違和感

エリアループに戸惑い、絶望していく3人。さらにはジョディが持っていた紙幣の発行年をきっかけに、彼らは自分の生きている「時代」が互いに違うことにも気付く。

動揺する3人の前に、ここで4人目の男が現れる。男の名はハンス。ドイツ人兵士である彼との出会いもあって、3人は「場所」「時代」の違和感に加えて1つの共通点を見つけ出す。これによって3人(+1人)の置かれた状況がおおよそ整理出来た時、彼らはループから抜け出す打開策を練るが・・・?

以上がこの映画の後半あらすじだ。ネタバレ厳禁な作風なので、キーとなる1つの「共通点」に関しては伏せておく。一応言っておくと、オチは胸糞展開ではなくスッキリとしたもので、良い落としどころに落ち着いている。B級映画だけれど、上質な作品なので安心して観てみてほしい。

ちょっぴり感想!

筆者がこの『トランス・ワールド』で好きな最大の部分は、「場所」の違和感→「時代」の違和感→1つの「共通点」が明らかになっていく過程とテンポ感。SF慣れしていると、主要人物たちが解決していくよりも先に展開を読めてしまうだろう。とはいえ、続々と仕掛けが用意されているので飽きないと思う。

それともう一つの魅力は、ループ発生のトリガーともいえる金庫とコンビニの店主の存在。一見すると冴えない店主のオヤジが、映画の冒頭・ラストに出て“対象者”をループへ誘うというのが好き。神か悪魔、はたまた宇宙人・・・どれにしてもオヤジが人類を超越した存在なのはたしかだ。

オヤジの目的も何もわからないが、登場シーンで見せるどこか余裕のある微笑みが最高。オヤジ役を演じた俳優の詳細なフィルモグラフィはわからないが、妙な存在感だったので今後ちょっと追ってみたい役者だと思わされた(笑)

『トランス・ワールド』のちょっと面白いファッション・お酒の小ネタ

『トランス・ワールド』はテンポ感のあるストーリーやSF設定のほかにも、少し深掘りしてみると面白い要素が出てくる。

例えば「時代」の違和感を巡るチグハグの面白味は、この作品ならではかもしれない。作中に散りばめられた小ネタを紹介しておく。

(1)ハンスが戦地を駆け抜けた1940年代以前

1939年に勃発した第二次世界大戦下、ハンスはドイツ兵士として米英軍らを相手に戦地を駆け巡っていた。このハンツにまつわる小ネタは何と言っても、メイン3人が地下壕で発見したヴィンテージのワイン。発見したヴィンテージワインの生産・流通は1920年代物。当時、害虫・フィロセキアが欧州のブドウ農園を襲っており、壊滅しつつも各農園の努力でワインは生産されていた。

1920年代のドイツは所謂「ワイマール共和国時代」に当たる。第一次世界大戦敗戦及びヴェルサイユ条約締結による制裁や、世界的な経済恐慌によってドイツワイン産業は不況に陥る。そんな中でも一部の会社はイギリスと取引して甘口ブランドワインを売り出していたそうで、ハンスが飲んでいたワインはそのブランドワインの代表格「リープフラウミルヒ」だった。

リープフラウミルヒは現在でもワイン好きの間で一定の人気を博している。劇中常に厳しい態度を取っていたハンツだったが、地下壕で甘口のワインを嗜む時くらいは束の間の休息を得て、家族に思いを馳せながらリラックスしていたのだろうか。

(2)サマンサが妊婦期間を過ごしていた1960年代

サマンサや彼女が過ごしてきた時代を象徴するのは、1960年代流通のクラシックカーやファッションだろうか。当時、サマンサが過ごしていた思われるアメリカのカーシーンは、世界の中でも自動車産業がノリにノッていた「自動車王国」時代だった。

今でこそ“世界のTOYOTA”が大活躍しているが、当時はアメ車と比べたら日本車はまだまだひよっこ。アメ車は「シボレー」「フォードマスタング」などを筆頭に、世界中の車好きを虜にしていたそうな。サマンサも夫ともにアメ車でドライブデートを楽しんでいたのだろうか。

また、サマンサが着用しているトレンチコートは、1960年代から徐々に女性の間で人気を博してきたアイテム。元は軍服なので機能性のある男性服だったが、ミリタリールックが流行した60年代に入るとその代名詞的な存在としてトレンチコートが世代問わずその地位を盤石にした。

1961年の名作『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘプバーンが、トレンチコートを爽やかに着こなしたのも話題になった。同作はLBD(リトルブラックドレス)を流行らせたが、いやはや恐ろしいほどの影響力だ。ともかく、サマンサもオードリーに影響されてトレンチコートを着たと想像すると、なんだか可愛らしく思えてくる。

(3)ジョディが荒れた生活を送っていた1980年代

ジョディと彼女を象徴する小ネタは、ファッションや映画などだろうか。まず、ファッションについて。ジョディはダウンベストが印象的なコーデだったが、これは当時流行していたアイテムだった。1980年代の名作映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の主人公・マーティも着ているように、当時のファッションアイコンはダウンベストだった。

また、映画などのエンタメ作品についても、ジョディ周りで小ネタがあった。セリフとして出てきたのは、まず『パックマン』だ。エリアループが明らかになった時にジョディは、当時流行していたアーケードゲームの『パックマン』を例に出した。ほかにも『脱出』や『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズなどを会話のネタとして出していた彼女だが、世代が違うサマンサ・トムにはよく伝わらず無念(笑)

ジョディは荒れた生活を送っていたので、もしかしてアーケードゲームに興じる少年たちにカツアゲ行為を働いていたりして・・・なんて想像してしまった。

(4)トムが過ごした2010年代

トムに関しては正直、あまり小ネタはなかったと思う。観客にとってもリアルタイムだから無理やりねじ込まなかったのかもしれない。ジェネレーションギャップに戸惑う役どころだったかな(笑)

以上、『トランス・ワールド』の小ネタをサクッと紹介した。なるべく作品の真意に触れないように努力したつもりだ。とにかく、こんな小ネタも見返してみるとヒントになっているのがわかるので、本作は2回観ても楽しめるタイプだと思う。

グルメ・音楽・ロードムービーが好きなら『トランス・ワールド』がおすすめ

名優の息子が奮闘する隠れた良作B級映画『トランス・ワールド』は、SF・スリラー・ミステリー要素があって面白い。小ネタもあるので細かいところでも結構楽しめるおすすめ作品だ。