『アメリカン・ビューティー』とは、一つの家族を巡る現代社会風刺テイストのブラック・コメディ映画。「007」シリーズなども手掛けたサム・メンデスが監督を務め、第72回アカデミー賞の作品賞を受賞した。哲学的なメッセージ性・ストーリー展開・映像美などの魅力もさることながら、なによりも“怪優”ケヴィン・スペイシーの魅力がたっぷりと詰まった名作映画の一つといえる。
【こんな人におすすめ】『アメリカン・ビューティー』の魅力とは
『アメリカン・ビューティー』は1999年公開のアメリカのブラック・コメディ映画。気持ち悪くも魅力的なキャラクターたちの人物描写、同時並行的に進む3つのストーリーなどが特徴的だ。
変態・変人たちによる人間ドラマをコミカルに描き切る作品は数多あるが、本作は中盤から終盤にかけて変人と常人の境目を曖昧にしていくところが魅力。変態・変人を突き放さず身近な存在(あるいは観客自身)として扱うことも手伝ってか、なぜか“バッドエンド”にもかかわらず読後感がすさまじくスッキリと爽やかなテイストになっている。
個人的にはストーリー・脚本、色彩の演出、キャラクターとそれに対する没入感などに欠点が見つからない素直に面白い作品だと感じる。
とはいえ、序盤からずっと陰湿な空気が漂っているので、そういう不気味で気持ち悪い雰囲気を苦手な人にはおすすめできない作品かもしれない。
映画の『アメリカン・ビューティー』のあらすじ
ここで『アメリカン・ビューティー』のあらすじ・登場人物を軽く紹介していく。ネタバレはしないので見鑑賞の人もご安心を。
『アメリカン・ビューティー』の登場人物
『アメリカン・ビューティー』は、ストーリーやキャラクターの相関関係そのものは難しくない。ひとまず抑えておきたいメインキャラクターは以下の4名。
レスター:広告代理店に勤める中年サラリーマン。仕事場でクビをチラつかされ、家族との関係性は冷めていて、公私問わずどこか鬱屈とした日々を過ごしている。しかし、大人びた雰囲気のアンジェラと出会い、平凡な生活に変化が訪れる・・・。
キャロライン:不動産業を営むレスターの妻。快活だが見栄っ張り、プライドも高い。レスターとはセックスレスである一方で、同業で成功しているイケオジのフランクと親密になっていく。
ジェーン:レスター夫妻の一人娘。反抗期真っただ中で、両親との関係性は良くない。どこか達観した価値観を抱いている。同級生で変わり者のリッキーから盗撮されている。
アンジェラ:ジェーンの友達。ジェーンとはまた違った方向性で大人びた少女。レスターに一目ぼれされるが、まんざらでもないようで・・・?
シカゴ郊外に常人のフリした変態たちが大集合!
家庭・仕事場どちらにも鬱屈した気持ちを抱いて生活するレスター。THE・冴えない中年男は、反抗期中の娘・ジェーンのチアリーディングを妻・キャロラインと見に行くことになる。そこでレスターはジェーンの友達・アンジェラと出会い、身も心も鷲掴みされてしまう。
ジェーンにその下心を見破られ、さらに気持ち悪がられながらも、レスターはアンジェラに好かれようと筋トレ・ジョギングを始める。さらには、キャロラインに対しても激高しながらハッキリと意見を述べ、ジェシーの同級生・リッキーからマリファナを買い楽しむ。これまで抑圧されていたレスターの感情は、アンジェラへの恋と欲情によって爆発したのだった。
一方で、レスターの家族にも変化が生まれる。キャロラインは家庭持ちの不動産実業家・フランクと出会い、仕事に関して意見交換していく中で深みにハマっていく。そして、ジェーンは隣に越してきた同級生・リッキーから盗撮されるが、不思議と気分は悪くならず、むしろ彼に興味を持ち始めていた。
レスターが変態性を露にしていく同じタイミングで、家族・近隣住民のタガも外れていったのだ。それまで均衡を保っていた常人たちは、徐々に常識・倫理からズレた変態性を表出させていく・・・。
ちょっぴり感想!
冒頭、窓から気持ち悪い表情でキャロラインを覗くレスターは、もはや本作のハイライトといわんばかりの気持ち悪さ。
また、本作はどこか靄がかかった陰険な雰囲気を終始漂わせているのだが、レスターのアンジェラ妄想シーンは別世界然とした鮮やかさだ。服を脱いでいくアンジェラのバストからバラがあふれ、さらにはバラ風呂に入ったアンジェラの陰部へ自分の手を伸ばす・・・レスターの妄想はすべて鮮やか且つ淫乱なものばかりで笑える。まるで中学生男子のそれである。
レスター(ケヴィン・スペイシー)ならではの不気味さを堪能できるだけでも、本作はお釣りがくるってものだろう。『ユージュアル・サスぺクツ』『セブン』などとは一味違うクセの強さを発揮している。
さらに、家族のディナーシーンはコメディとして最高な仕上がりだ。レスターの暴れっぷりは一周回って笑えてくるのでおすすめ。
そして劇中、社会的規範から外れ圧倒的な変態性を発揮していたレスターが、終盤になりいくつかの出来事を経て正常な人間性を取り戻していくのも一興だ。というか、むしろこの部分が本作特有の魅力といえるかもしれない。
一つ文句を付けるなら、各キャラの繋がり及びその展開が希薄なところはちょっぴり残念。各ストーリーがもう少し絡み合うとまた違った楽しさがあったかもなんて・・・。
見せかけの変態博覧会へようこそ!『アメリカン・ビューティー』に登場する3組のカップル
この『アメリカン・ビューティー』は、クセがすごい変態達による万国博覧会だ。“フツーの人間”はほぼ出てこない。レスターが「僕らは普通の人間というインチキCMなのさ」と劇中で語るように、マイノリティーな裏の顔を隠している人物も含めて、キャラクターたちは一様に異常性を持っている。
ここでは劇中活躍した3組の変態カップルを紹介しよう。ここではザックリと紹介するので、作品を通して観るとまた違った良さを感じられると思う。
享楽主義的なレスター&アンジェラ
享楽主義的な側面をもつ2人。
レスターはそれまで抑圧されてきた欲望を、アンジェラに出会って一気に解放させる。アンジェラとの妄想にふけり、違法薬物・マリファナに手を染め、ブレンデッドスコッチ「カティサーク」をドヤ顔で飲みまわし、家族の了承なしに会社を辞め、昔から欲しかった「73年式ファイヤーバード」を購入する。家庭と仕事という責任から解放された途端に、欲望と衝動に忠実になったのだ。
一方でアンジェラも、ジェーンなどに対してマウントじみた態度を取り、常に大人びて顕示欲を満たす。「平凡って言葉が嫌い」と語るように、ほかとは違う「ビッチ」な自分を誇示していく。アンジェラの正体についてネタバレになるので詳しくは書かないが、背景がどうであれ、少なくともそのように見せたいという自己顕示欲に忠実なキャラクターではあった。
享楽主義的な2人は奇しくも惹かれあうが、はてさてその恋と欲情の行く末やいかに。
ガチで意識高いフランク&キャロライン
フランクとキャロラインの共通点、それは「人生において成長・成功することがモットー」というガチで意識高い上昇志向な点だろう。フランクは不動産業である程度の成功をおさめたが、まだまだビジネスの拡大を狙っている。キャロラインもビジネスを成功させてはいないものの、自分の仕事・ステータス向上に余念がない。
キャロラインにとってフランクは目指すべき憧れで、フランクはキャロラインを可愛く思う。互いの家庭に不満を持っていたこともあり、2人は急接近していく。2人して「王様ファック」に興じる様は、変態的なまでの意識の高さだった(笑)
変態哲学者リッキー&ジェーン
盗撮マニアの変態・リッキーと、それに応じる変態娘・ジェーン。周りの“浅はかな男女”に対して距離を取ったり、違和感を抱いたりしている。中二病のそれとも違うファッション性ではなくて哲学的な変態っぷりがある2人だ。
何かとビデオカメラを回し、変態的プログレバンド「ピンクフロイド」を聴き、ナチスの公式晩餐会の皿を自慢する変態・リッキーと、そんな彼に若干引きながらもどんどん夢中になっていくジェーン。ジェーンが彼に惹かれていく背景には、もしかするとリッキーと父・レスターを重ねている気がしないでもない。
終盤ついに、2人と比べたら変態度の劣るアンジェラの説得もむなしく、リッキーとジェーンは2人で逃避行しようとするのだが・・・?
『アメリカン・ビューティー』とは何なのか?
タイトルになっている「アメリカン・ビューティー」とはバラの品種の一つで、美しい真紅が魅力だ。劇中ではレスターの妄想で使われるほか、レスター宅のドアや花壇に「アメリカン・ビューティー」カラーが取り入れられている。陰険なモノクロっぽい作風の中で、この真紅がかなり印象的に映るのだ。
映画『アメリカン・ビューティー』はブラック・コメディ好きなら必見の作品
『アメリカン・ビューティー』はパッと見は変態・変人を描いたブラック・コメディだが、最後まで観てみると常識と変態性のグレーな境界線を描いたような傑作だと思う。ほかのコメディ映画のように変態を突き放さず、救いの手を差し伸べる部分が大好きだ。ブラック・コメディ好きや、ケヴィン・スペイシーの怪演を観たいなら要チェック!